昭和41年04月12日 朝の御理解



 神様に喜んで頂くような、おかげを頂きたいと。神様に喜んで頂くと言う様な、おかげとはどう言う様なおかげを言うのだろうかと。いわゆる神の機感にかのうた氏子と、こう仰る。神様の気心、神様の機感にかなう氏子になるということ。御理解の中に一節に、人間と身代と達者が揃うておかげを頂き、しかもそれが三代続いたら、親子、孫、神の機感にかのうた氏子じゃと。ね。まず人間と身代と達者と、こら結構な事ですよね。そういうおかげが足ろうて頂ける。しかもそれが親子、孫と三代、ね。
 神の機感にかのうた氏子、ということになりませんとね、そのう一代では分限者になったり、ね、繁盛いたしたり致しとりましても、孫の代になり、ね、子供の代、孫の代で財産がめげたり、なくなったり致します。親が一生懸命に働いて、貯めた金を子供が使う。孫の代には、貧人でもしなければならないようなことになりかねないのが、一般のことなのです。ね。ですから、そう言う様なことでは、神様は喜んで下さらん。神の機感にかのうとらんから。
 神の機感になかうのは、人間と身代と達者とが、しかも親子孫と言う様に、三代続いたら、神の機感にかのうた氏子と、おっしゃるのでございますから、私共はそこのところを願いとしなければならんと。ね。そこでならそういう願いを立てて、そういうおかげを頂く事を神様が喜んで下さるのだから、どうぞ身代を作らして下さいと、どうぞ健康にならして下さいと、と言うただけでは、身代もできなければ、健康のおかげも約束されるというわけではない。
 そこで皆さんが、願いの焦点とされるところをです、ね、どうぞ神様のお心にかないます、私にならしてください。とどうぞ、神様の心にかないます、今日一日でありますようにという、祈り願いを持たなければならないことは、もちろんですけれども、その中の一番初めに仰っておられる、先ず人間と身代と達者と仰る、まず人間のことだと。先ず人間がでけなければならない、ということは、ね、ほんとに私どもが真の人、真の人間というものを目指しての願いでなからなければいけないということ。
 当然真の人間に、ならして頂くということが、私は、願いでなからなきゃならん。ね。そこに、身代と達者は、いうならば願わんでも頼まんでも、ちゃんとついてくるんです。ですから、神様の一番お喜び下さる願いというのは、ね、日々お参りをするということでもなからなければ、沢山のお供えできると、言う様な事が神の願いであり、神様のお喜びであるということではないと。ね。
 神様の一番お喜びくださることがです、私共が人間、真の人間にならして頂くということ。ね。神の氏子としての、氏子らしい氏子にならして頂くということを、願いとする信心にならなければならんということ。ね。また、そういう願いをもって、神の機感にかのうた願いということになるであろう、そのことに精進さして頂くということが、神様のお喜び下さることになるというわけです。ね。
 人間と身代と達者が、しかも親子、孫と三代続いたら、神の機感にかのうた氏子じゃと仰るから、どうぞ神の機感にかなう、氏子にならして頂きたい、どうぞ身代を下さい、健康を下さいというだけでは、ね、んなら神様が、一生懸命願うからというて、下さるわけにはいかん。よしそれ一生懸命の願いによって、下さるのでもございますけれども、それがんなら、一代仏に終わったんじゃあいけん。
 あっちのお父さんの時にはもうほんとに、大変な教会の御用も出来なさった。それはもう商売も繁盛した。はらやっぱりいっちょ辛抱しなさいち、病気もしなさらん。ね。先日、北野の中村さんが、先日あのう町内七十軒かあるそうです。その七十軒の中に、私の方一軒だけが、何年間ですかねえ、医者にかかっていないというので、表彰を受けたという御礼のお届けがあっております。
 成程本当に考えてみると、中村さんがいやそもそも私と、まぁ出会いの事は丸十五年前の事であった。家も借家に住んであり、お父さんというのは、仏師仏仏作り、あの仏壇やらを作られるお職人さんであった。あのもう家の中は大変、いわば難儀な中におっとうさんは非常にお酒を飲んでおりましたから、裕福ではなかった。そういう中にまぁ様々な難儀な問題がいくらもあった。私もいうなら難儀な修行をさして頂いておる時分に、私と中村さんが、北野の教会でお会いしたのが一番初めてであった。ね。
 そして私に、「大坪さん、もうこういう難儀に今取り組んでおるんですけども、どうかおかげの頂ける道はなかろうか」と、と言うて、私に相談がありました。「そうですなあ、そうなかなか、そうは一遍にはおかげ頂くしこは出来んでしょうけれども、けども私のように難儀を致しておりましてもです、その日その日はです、確かに何とはなしに、いうならば押しやり蹴やりではあるけれども、おかげを受けてありますよ」と。
 だから私、「私自身が頂いておることであるから、押しやり蹴やりの、でおかげを頂いていく道なら、私は知っておるから教えてあげましょう」て言うたら、「もう押しやり蹴やりでもおかげさえ頂きゃあいいですよ。どうぞそのような道を教えて下さい」というのが、私と中村さんの一番初めの出会いの時の話です。今でも言われます。あん時の親先生が仰った、押しやり蹴やりの道っちゃどげな道じゃろうかと。ね。なるほど押しやり蹴やりの道が開けてきた。
 あの時分は、小さい風呂敷包みを一つ持って、履き物を売って歩かれておられた時分。売ったしこを持って金を持って帰っれた、仕入れに行かれて、又それを売って回られて、また仕入れに行くと、いうふうにしておかげを頂かれた。女子で一つ出来ますね。現在頂いておられるおかげというのは、土地も買われた家も建てられた。と、あすこに八畳ですかね十畳ですか、神様のお部屋を一部屋建て増しもなさいました。ね。子供達もほんとにまぁ家の、娘達には過ぎると言う様な、その婿に恵まれて、
 息子さんがおられませんですから、二人の娘に養子を取ったり、また縁につけたり。と言う様なおかげを頂かれた。ね。いわゆる、おしやりけやりの道が、段々おかげを頂いておられるうちに、有り難い本当の道が開けるようになってきた。私は毎月、ご本部に月参りさして頂いておりましたから、もう必ずもうどんなことがあっても一緒に、ご本部の月参りを欠かされたことのないほどに、段々おかげを頂いてこられた。ね。
 そしてその先日お届けがありますように、ね、もう長年の間中村さん一家の上には、薬もいらなくなった、医者も無用になると言う程に、おかげを頂かれた。七十軒かの町内の中にたった一軒だけ、その医者にかかってないと言う事が、表彰の事になる程のおかげを受けられた。ね。成程金光様の信心をしなさるから、段々店も繁盛する家も立派になる。ね。それこそ医者にも掛らんで済ませるような健康な、いわゆる健康のおかげを、いわゆる身代と達者とが足ろうて、段々おかげを頂いてきよんなさる。ね。
 そこで今は私は、それが今度は初美さん、また次の子供と言う様にです、ね、三代続いて参りましたら、神の機感にかのうた氏子と、こう仰る。ね。そう言う様な、私おかげを頂かして頂くということがですたい、そんなどれかそのもとになるかというと、いよいよ人間っていうものに、取り組むことであるということ。人間と身代と達者と仰る、その人間に取り組むことであるということ。本気で神様のお心にかなう私にならして下さい、ということ。ね。
 そこに、神の機感にかのうた氏子、家柄一筋となって、と仰る、その家柄がでけてくるのであり、人筋がよくなる。ね。「あすこは筋が悪か」と言うでしょ。ね、その筋がよくなる。ね。家柄一筋となって、それが子供の代に、孫の代にと言う様に、いよいよ末広がりの繁盛のおかげを頂いていくということの、ことが三代続いたら、神の機感にかのうた氏子とおっしゃるのですから、ね、後はもう、段々広がっていくだけ。
 「栄枯盛衰は世の習い」と言うけれども、ね、金光様のご信心はそうじゃないのです。ね。あちらのお父さんの時代には、そしたおかげも受けられたけれども、子供さんの代になったら、孫さんの代になったら、信心のしの字もなくなった、というたような事がです、ただおかげを頂いて、身代のことやら健康のことだけやらのおかげにとどまっておるから、そういう結果になるとでしょう。
 広大なおかげを頂いた、奇跡的なおかげを頂いたというだけでは、だから、これは神の機感にかのうた氏子じゃないということ。ね。神の機感にかなうということは、人間そのものが、おかげを頂いていくことだということ。ね。そこでその、人間ということに、本気で取り組ませて頂くと言う事がです、ね、日々の改まると言う事になるのです。本気で本心の玉を磨くということになるのです。それをひっくるめて言うと、限りなく美しゅうならして頂こうということになるのです。
 そう言う様なものが身についてくるから、お日参りさして頂かなければなられんのであり、こういうことを教えて頂く金光様のおかげでと思うたら、お日参りをしなければおられんのであり、ね。人並み以上の御用も出来る様になって来るのであります。ね。その有り難い、そういうものがお参りの姿になり、御用の姿にならせて頂く時です、いよいよそれは、神様のご機感にかなう、神様のお喜びの頂けれる、いうなら私共がです、痒かとこに手が届くようなおかげを頂きたい、どうぞそういうおかげを頂きたい。
 そういうおかげを頂きたいのなら、先ず神様のお心にかなう、いうなら神様が痒いと思し召すところに、私どもが近づかしてもらう。もういよいよ神様の思いをです、思いとして分からしてもろうて、そこんところを、自分のものにしていく信心というものが、身についていかなければです、痒かところに手が届くようなおかげにはなりません。ね。ただ、こちらの方だけです、痒かとこを頂くごたるおかげばかりを願うても、願うただけでは、だからダメだということ。
 神様の願いを聞かしてもらわにゃいかん。「氏子信心して」と、こう仰る。「おかげを受けてくれよ」と仰る、その信心ということ。その信心そのものが、自分のものにならなければならないということ。信心というのはです、私どもがいよいよ神様を信ずる心が強うなるということ。ね。必ずおかげになるという、安心、喜びの生活さして頂く生活ができるようになるということ。信心とは真心。
 いよいよ真心が厚うなるということ。信心とは、私の心が、いよいよ神に向こうていくのを信心というのであって、いよいよ信心、いわゆる神心がいよいよ強うなっていくということ。「どうぞ氏子信心して」という。ね。「どうぞ氏子参ってきて」と仰っていないのです。「どうぞ氏子お供えをしてから、おかげを受けてくれよ」と仰っていないです。「どうぞ氏子信心して」と仰る。ね。
 信ずる心が強うなる、真心が厚うなる。神心がいよいよ成長し、育っていくところのおかげを頂くということ。ね。そういう信心が自分のものになる。信心が自分のもんに、血肉になっていく。そのことが有り難いのであり、そのことが楽しいのであり、それがお参りしなければおられんのであり、それが御用さして貰わなければおられんのである、と言う様な信心の姿というものがです、そういうことになってまいります時に、ね、いよいよ人間がでけてくるのである。
 人からは、「あの人は間違いのない人だ」と言うて、人徳がついてくるでしょう。神様からは、「あの氏子は間違いのない氏子だ」という、神様のご信用がついてくるでしょう。それを神徳といい、又は人徳というのです。ね。神徳、人徳が兼ね備えて、自分の上に頂ける、それを真の人間というのです。ね。そういうおかげを頂かしてもらう中にです、めぐりのお取り払いも頂けてです、その信心の徳が子供に伝えられ、孫に伝えられていって、初めて三代続く。ね。っていうならば、金光教見れば一番分かる。
 教祖の神様のご時代よりも、二代金光四神様のご時代の方が、いよいよ繁盛していった。二代金光様の時よりも、三代御広前金光様の時代に、いよいよ道も広がっていき、金光家の繁盛にもなってきたようにです、ね、いよいよ金光教のお道の信心がです、ね。世界中の氏子に伝わっていく日が、段々近い将来にあるだろうと、私は思わしてもらうのですけれでもです、ね、金光様のご信心がまず、金光家が先ず第一のお手本である。
 金光様のご信心しておるから必ず、その繁盛するということに決まっていない。ね。先代の時は繁盛したけども、二代では没落したと言う様な例も沢山ある。だからそういう程度の信心で「おかげを受けた、おかげを受けた」だけでは、おかげに酔うた信心ではつまらんということ。信心に酔う信心でなからなければいけない。真の人間にならして頂くことが、有り難いという信心にならなければいけない。そこに私は、身代と達者とが約束される。ね。それが神徳、人徳になる。
 天地の親神様が氏子私どもに願うて下さる、「氏子信心しておかげを受けてくれよ」というのはそういうおかげの事。どうぞ私共のおかげがです、人間と身代と達者と、こう仰るから、それこ人間のことは願わずに達者の事ばかりを願う。身代の事ばっかり願うた、繁盛の事ばかり願ったんじゃつまらんと言う事。よしそれでおかげを受けてもです、ね、それこそ一生懸命信心して。
 地団駄踏むようにして願うからおかげは下さってもです、例えば先ほどの中村さんの例を言えばそうでしょうが。ね。ですから、これから中村さんがいよいよ、人間完璧を、の真の人間を目指してから、ね、信心をなさるということになってくる時に、もう願わんでも頼まんでも、店の方の)繁盛もありましょう、子孫の繁盛のことにもなっていくでしょう、健康なことにもいよいよおかげを受けていかれるでしょう。
 まぁそれは、中村さんの例をとったわけですけれども、中村さんだけのことではありません。ね。ですからここんところをほんとに、あのうそうであるということを一つ、思い込ませて頂きませんとです。やっぱり願えばおかげを頂くもんだから、ね、ただ、その私どもの目先目先の願いだけにとどまる。願っちゃならんのじゃないし、願わねばなりません。願わにゃおれませんから願います。
 けれども一番、力を入れて願わばければならないことは、人間のことなんです。人間と身代と達者とおっしゃる、その第一に言うておられるところの、人間の事を願わねばいけません。ね。そのためにも、今日一日が間違いのない一日でありますように、機感にかなう一日でありますようにという、私は、一日のあり方がです、そこに置かれたところの一日じゃなからなければいけないと、こう言う風に感じるんです。
   どうぞ。